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二、講演の主な内容
1、天守様式の発展過程
1)日本の城は、中世が土造と土塁、近世が天守と石垣を特徴としている。安土城が天守のはじめ。約60年後の寛永期江戸城までの間に、天守様式は望楼型から層塔型に発展した。望楼型とは、二重の大きい櫓の上に楼閣状のものが乗った形式。層塔型とは、何層にも重なった塔のような形式。これが天守様式の基本的分類である。
2)望楼型と層塔型の違いの一つとして、前者が外観の「重数」より内部の「階数」が多いのに対して、後者はそれが一致しているところである。たとえば、望楼型の犬山城は三重四階であるが、層塔型の名古屋城は五重五階である。望楼型には屋根裏階があるので、階数が多くなっている。
3)望楼型は前期と後期に分かれるが、その違いは屋根の逓減率の大小である。つまり、前期望楼型は逓減率が大きいため、最上階が小さく物見の要素が強い。これに対して、後期望楼型は逓減率が小さいため、最上階の物見の要素が減少している。前期望楼型の代表例は犬山城であり、後期望楼型のそれは姫路城である。
4)層塔型も前期と後期に分かれるが、その違いは一重と二重の大きさである。つまり、前期層塔型は一重と二重の大きさが同じで、三重以上の大きさが逓減されている。これに対して、後期層塔型は一重から一定の逓減率で順次大きさが逓減されている。前期層塔型の代表例は名古屋城であり、後期層塔型のそれは寛永期江戸城である。
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